奨学金の延滞者が減らない理由(シェアーズカフェ・オンライン)

先日、Yahoo!ニュースで「延滞者17万人「奨学金」に追い詰められる若者たち」という記事が掲載されました。奨学金制度を利用した学生が、卒業後に多額の借金を背負う問題を、実例を交えて取材しています。

   「裁判所から呼び出しがあったときは、すごいびっくり。人生、終わった、と」
そんな言葉が口を突いて出た。富田久美さん(仮名)、30歳。2Kのアパートで1人暮らしを続けている。

最初に裁判所から通知があったのは、2013年2月だったという。学生時代に独立行政法人日本学生支援機構(支援機構)から借りた総額316万円の奨学金。「毎月1万6000円の返済を20年間続ける」という約束が果たせなくなって返済が滞り、とうとう支援機構側が裁判所を通じて一括返済を申し立てたのだという。

(2016/3/4 Yahoo!ニュース)

借りたものを返すのは大原則であり、返さない人には取り立てされるのも当然のことです。しかし、この問題を解決するには、奨学金制度を利用する入口の段階で、そもそも奨学金が「借りるもの」であることの周知徹底を強化していく必要があると考えます。

延滞者の5人に1人は「返すものである」ことを知らない

日本学生支援機構(以下、「支援機構」)の奨学金延滞者(3ヶ月以上)の数は、約17万人(2015年度)に上ります。その主な要因には、経済環境の悪化による親の収入低下と学費の上昇、その結果としての奨学金利用者の急増が挙げられます。これだけを見ると、奨学金を返せないのは学生本人の問題ではないようにみえます。

確かに冒頭の例は、家庭の事情によって学費の支払いが困難になり、奨学金に頼って進学したもののその返済も行き詰まっており、奨学金を返せなくなるケースの大多数で、このような経済的要因が絡んでいます。

実際に、機構の調査(2014年)によると、奨学金返還が延滞した理由として、延滞者の69.4%は「家計の収入が減った」、41.9%は「家計の支出が増えた」ことを挙げています。

しかし一方で、学生に、奨学金制度への理解や「お金を借りる」しくみへの理解が乏しいことも、のちの延滞につながる見逃せない要因であることを示唆する数字があります。

それが、上述の調査で、機構の奨学金に「返還義務があることをいつ知ったか?」を聞いた結果です。「貸与の手続きをする前に知っていた」と答えた人の割合は、延滞をしていない人で90.3%であるのに対して、延滞者では49.5%にとどまります。しかも、貸与が終了した後(返還開始時、督促を受けた時など)に知ったという人が、延滞者では合わせて21.2%いるのです。延滞していない人では1.5%にすぎませんから、経済的な要因があるにせよ、返すべきものであることを知らずに奨学金を利用した結果、返せなくなるケースが多いのは明らかです。

「奨学金」とはいっても「借りている」人が大半

なぜ、奨学金を「返すもの」と知らずに借りてしまう人がこれほど多いのでしょうか?冒頭の記事では、「奨学金」という名前が誤解を招きやすいと指摘されています。

確かに、奨学金というと「もらう」というイメージが一般に強い印象があります。しかし「奨学金」とひとくちにいっても2つの種類があります。「給付型」といって返済不要なタイプと、「貸与型」といって返済が必要なタイプです。個々に諸条件がありますが、前者は大学などが独自に、優秀な学生に対して給付するもの、後者は経済的な理由で進学を諦めることがないよう、就学を支援する目的で貸与されるものが一般的です。

冒頭で問題になっている支援機構の奨学金は、後者の「貸与型」にあたります。全国の大学生(昼間部)の5割以上は何らかの奨学金制度を利用していますが、このうち機構の貸与型奨学金を利用している人は、奨学金を利用している大学生全体の81.6%を占めます。(日本学生支援機構調べ(2012年)。※支援機構の奨学金には給付型もありますが、海外への留学生を対象としたものです。)

ファイナンシャルプランナー(FP)として接する社会人や大学生の例を見ていても、貸与型の奨学金を利用している、返還している人がほとんどです。

リスクを知らずに借りている人は4割以上

奨学金を利用している学生の大半は、「将来返すべきお金を借りている」わけですが、その自覚なくして借りている人が少なくありません。

労働者福祉中央協議会の調査(2015年)によると、支援機構の奨学金を利用したことがある34歳以下の人のうち、返還条件や滞納リスクがあることを理解していたという人は57.2%。6割弱は理解している一方で、理解していなかったという人が41.1%を占めています。このうち、全く理解していなかったという人が8.2%含まれています。

この調査で「理解していなかった」と回答した人が、返還を延滞しているかどうかはわかりません。ですが、していないとしても、利用している最中に、そのリスクを知らないままでいる人が4割以上もいるというのは、非常に危険な事態だと感じます。

私は全国の専門学校や大学から、奨学金のしくみについて講演を依頼されることがたびたびあります。なぜ機構の奨学金の説明を、わざわざ学校内にFPを呼んで行うのか疑問に思ったのですが、聞けば、奨学金を延滞する学生は、そもそも奨学金を返すものだと知らないことに加えて、お金の使い方をまったく知らないとのこと。さらには学費も滞納するケースが相次いでいるため、学校をあげてゼロから教育する機会を設けることにしたのだそうです。

学費を払わない学生のなかには、その支払いのために奨学金を申し込んだにもかかわらず、貸与された奨学金を遊びに使ってしまう人が散見されるそうです。学校側が、奨学金から学費を支払うよう求めても、「お金が振り込まれたのがうれしくて使ってしまった」と言うのです。このような学生は、滞納額がほかの滞納者に比べて高くなる傾向があり、学校へのダメージも重大なようです。

機構のホームページやパンフレットには、奨学金は卒業後に返すことが明記されています。大学によっては、学内で制度の説明会を開催するところもあります。大学に入学する学力があるなら、奨学金のしくみや利率などの説明内容を正しく理解する力はあると考えるのが自然です。

にもかかわらず、利用者の4割以上が「借りたら返す」大原則についてきちんと知らずに借りてしまうのです。これは、義務教育はもちろん、高等教育においてもお金の使い方、借り方、金融のしくみといった金融教育が十分にされていないことの証左にほかなりません。

奨学金の延滞問題を解決していくには、機構はじめ制度に関わる教育機関が、学生のお金に関するリテラシーを上げ、奨学金制度のしくみを十分に理解してもらうことに、もっと力を入れるべきではないでしょうか。

通常のローンよりも審査のハードルが低いしくみにも問題

一方で、機構の奨学金は、返済能力が低い人にも利用しやすいしくみになっています。これが、きちんと理解をせずに気軽に借りて、後に返済が苦しくなってしまう人を生む原因にもなっています。

冒頭の記事内で、聖学院大学の柴田武男教授は次のように述べています。

   「(貸与奨学金は)10代の若者に何百万円の借金を無審査で貸し出すのです。どこの大学に行くかわからないし、まして(将来の)職業なんかわからない。だから入り口は奨学金の性格。ところが出口の返済になると、金融機関の論理がむき出しになる。ちゃんと返済しなかったら遅延損害金をつけますよ、払わなかったら裁判にかけますよ、親から取り立てますよ。まさに金融の論理になる」

教育ローンや住宅ローンなど、通常の借入では必ず返済能力についての審査があります。しかし奨学金では、学業を支援するという趣旨に沿っているかどうか、という基準で審査が行われます。審査内容は学力、および親など家計を支えている人の収入ですが、このうち収入は「高所得者でないかどうか」を確認するものです。つまり、学生本人に収入がないのはもちろん、親の収入も高すぎないことが前提になります(給与所得者の場合で税込み年収約1,000万円~約1,500万円が上限)。

ところが、卒業後には貸金業者と同じように、延滞があれば信用情報機関に登録し、延滞者に督促をし、返済がなければ裁判所を通じて申し立てをする。場合によっては訴訟に発展することもある。このスタンスは金融業の原則からすれば当然のことですが、借りるときの条件に比すると、対応にかなりのギャップがあると言わざるを得ません。

だからこそ、奨学金を利用する学生には、「入口は簡単でも、出口は厳しい」ことをより強調し、返済する自覚と覚悟をもって利用してもらうことが大切です。そのためには、機構が大学などと連携して丁寧な説明会・講義を行ったり、学内に専門の相談窓口を設けたりが考えられます。一部の大学等ではすでにこれに近い取り組みはありますが、より広く強化されることが望まれます。

なお、機構の奨学金には、返済が難しくなった時に返済条件を緩和してもらえる制度があります。条件を満たすと、返済額を軽減する、返済期限を猶予してもらうなどが可能です。制度の説明の際には、基本的な仕組みとともに、こういった救済策についても周知し、ただ未返還となる人を増やさない働きかけも大切でしょう。

延滞すればブラックリストに載り、クレジットカードは作れず、住宅ローンも借りられない。大学などの高等教育が、社会人になるための礎を築くためにあるのだとしたら、その基盤を作るために借りた奨学金が、卒業後の生活苦の原因やライフプランのマイナス要因になるようでは本末転倒です。

「借りたものは返す」のは大前提であり、本人の責任であることは間違いありません。そのうえで、その大前提を全うできる体制づくりとして、教育にも重点が置かれることを望みます。

※この記事は、シェアーズカフェ・オンラインに投稿したものを改編して掲載しています。投稿先の許可を得て掲載しています。
※Yahoo!ニュースに転載されました(3/7)
※アゴラに転載されました(3/8)

【参考リンク】
■奨学金の取り立てを強化すべき理由(中嶋よしふみ SCOL編集長・FP)
http://sharescafe.net/47839384-20160217.html
■奨学金問題をキャリア教育の教材に(増沢隆太 人事コンサルタント)
http://sharescafe.net/47445034-20160107.html
■なぜ上戸彩さんは叩かれても産後3ヶ月で復帰するのか? (加藤梨里)
http://sharescafe.net/46970046-20151121.html
■マイナンバー制度が始まると預金に税金がかかるのか? (加藤梨里)
http://sharescafe.net/45314819-20150626.html
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加藤梨里 ファイナンシャルプランナー マネーステップオフィス代表

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マネーステップオフィス編集部
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