今月からパートタイム労働者の社会保険の適用枠が拡大されました。労働時間や収入など次の5つの要件すべてに該当すると、パートであっても勤務先で健康保険と厚生年金(あわせて社会保険)に加入することになります。
1. 労働時間が週20時間以上
2. 1カ月の賃金が8.8万円(年収106万円)以上
3. 勤務期間が1年以上見込み
4. 勤務先が従業員501人以上の企業
5. 学生は対象外
上記のうち2番目の収入要件が年収106万円であることから、「106万円の壁」ができたともいわれています。
ただ、これは単純に「年収106万円以上になると社会保険に加入しなければならなくなる」わけではありません。「106万円の壁」という言葉が独り歩きをして、「もう106万円以上稼げなくなってしまう」「もう夫の扶養に入れなくなってしまう」と不安を感じた人から、筆者も相談を受けることがありますが、詳細を正しく理解していない人が多いようです。
そこで、「106万円の壁」の3つの誤解について解説します。
1.年収106万円以上になるとすなわち社会保険に入らねばならないという誤解
これまで、パートタイムで働く人が社会保険に加入するのは、所定労働時間が通常の就労者のおおむね4分の3(おおよそ週30時間)以上のみが要件とされていました。労働時間が超えなければ、年収はいくらであっても勤務先で社会保険に加入する義務はありませんでした。パートで働く場合、かりに時給1,000円で週30時間働くと月収は12万円、年収にして144万円ほどです。労働条件が多少違っても、パートなら結果的にそのあたりに落ち着くことが多いですが、収入自体が社会保険の加入を左右することはありませんでした。
今回、収入要件が加わったことで「106万円」という数字が強く意識されているようで、筆者のもとにも「もしパート年収が106万円を超えてしまったらどうなるの?」との相談が相次いでいます。
ですが、年収106万円以上になっただけで、すぐに社会保険に加入しなければならないわけではありません。
収入要件の106万円は、1年間を通してこれを超えると判明した時点で加入することになっています。正確には106万円を12で割った月収8.8万円で判断するのですが、1年のうち1カ月だけ8.8万円以上になっても、その時点ですぐに社会保険に加入しなければならないわけでもありません。
時給や所定労働時間を更改して、今後ずっと社会保険の要件を満たすことが雇用契約書などに定められた時点で、加入することになります。ただ、ここをどこまで厳密に管理するか、筆者が年金事務所に問い合わせたところ、まだ詳細な取り扱いは不明とのことでした。おそらく、今後より具体的な対応方法が公表されていくものと思われます。
パートであれば、繁忙期にはほかの月よりも多めにシフトを入れて月収が上がることもあるでしょう。ですが、たまたま月収が8.8万円を超えたからといってすぐに社会保険に加入しなくてもよいのです。
また、保険料は加入した後から支払います。もし年末になって年収106万円以上になったからといって、その年のはじめからさかのぼって加入し、保険料を支払う必要もありません。
また、社会保険の加入は、冒頭の要件5つすべてを満たして初めて対象になります。年収が106万円以上であっても労働時間が週20時間以上でなければ、対象にはなりません。かりに時給1,000円、1年間の週数を52週とすると、年収106万円になる週当たりの労働時間はちょうど約20時間です。つまり106万円まで働くとすなわち週20時間以上に該当してしまいますが、もし時給が高ければ、労働時間の要件には当てはまらないはずです。
2.年収106万円にはすべての収入が含まれるという誤解
自分が「106万円の壁」に該当するかどうかを気にしている人は、これまでの収入が106万円以上かどうかを、給与明細や源泉徴収票から判断しているかもしれません。ですが、社会保険の加入では、すべての収入が判断材料になるわけではありません。
まず、残業代は対象外です。そもそも社会保険の適用基準を満たすかどうかは、雇用契約書などに定められた数字をもとに決まります。労働時間、勤務期間は雇用契約書や就業規則に定められますし、収入も週給、日給、時間給といった形で定められます。社会保険の加入は、これら「見込み」の数字で判断しますから、のちに実際に要件を超えるかどうかは基本的には関係ないのです。
契約時には残業なしという話だったのに、実際に仕事をしてみると残業があり労働時間が週20時間以上になった、あるいは年収が106万円以上になったということもありえます。このようなケースでは、社会保険の適用対象にはなりません。
ほかにも、休日の割増賃金、ボーナス、通勤手当や、結婚手当などの臨時手当、精皆勤手当、家族手当も、社会保険加入の判断においては収入に含まれません。
3.年収106万円以上になると夫の扶養に入れなくなるという誤解
夫が会社員や公務員で、その扶養に入っている人は、扶養に入れる要件である「年収130万円の壁」を意識してきたでしょう。これは、配偶者の年収が130万円未満なら夫の被扶養者になり、自身で保険料を払わなくても夫の勤務先の健康保険に加入し、国民年金の第3号被保険者になれるものです。この扶養の要件が106万円に変わると思っている人もいますが、これも誤解です。
これまで扶養に入っていた人は、自分の勤め先では社会保険に入らないように労働時間を週30時間未満にし、夫の勤め先では健康保険や国民年金の扶養に入れるように、年収を130万円未満にしていたはずです。変わるのは、このうち「自分の勤め先」での要件です。
もしもパート先が従業員501人以上の大企業なら、自分の労働時間や収入も要件に当てはまった時点で社会保険に加入することになります。つまり、労働時間などの要件を満たしたうえで年収106万円以上になれば、夫の扶養の要件である年収130万円が下回っていて扶養に入る権利はあるものの、自分の勤め先で社会保険に加入する方が優先されるということです。
したがって、もしパート先を従業員501人未満の会社に変えれば、引き続き夫の扶養に入ることはできるのです。
また、パートをかけもちする場合も、考え方は同じです。かりにA社で年収100万円、B社で29万円稼いでいたら、A社、B社ともに年収106万円を下回っていますから、どちらでも社会保険に加入する必要はありません。また、2社での収入を合わせて年収130万円未満ですから、夫の扶養に入り続けることができます。
ただし、A社で105万円、B社で105万円稼いでいたら、AとBのどちらでも社会保険に加入する義務はありませんが、年収は130万円以上になってしまいます。そうなると、夫の扶養には入れなくなります。自分の勤め先でも、夫の勤め先でも社会保険に入れませんから、自治体で国民健康保険、国民年金に加入しなければなりません。
106万円の壁の対象者は意外と少ない
こうしてみると、自分では「年収106万円以上だから社会保険に入らねばならない」と思っている人も、意外と対象外になるケースもあることがわかります。実際に今月からの適用拡大によって加入対象になるのは25万人で、パート労働者の約2%にすぎません。
ただ、対象者は今後拡大される見通しです。平成31年9月までには、社会保険の適用拡大について検討されることがすでに法律で明記されていますから、中小企業で働くパートの人や、年収がより低い人、あるいは労働時間がより短い人なども「106万円の壁」に直面する可能性があります。
パートの女性たちの話を聞いていると、「106万円の壁」は年収を下げたり、パート先を変えたりを迫るものというイメージが強いように感じます。ですが、必ずしもそうしなくても良いことはあまり報じられていません。制度を正しく理解するとともに、いざ将来に自分が適用対象になったときにどうするかを、今から考えておくことが重要です。
※この記事は、シェアーズカフェオンラインに寄稿したものです。配信先の許可を得て掲載しています。
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