うつを放っておくと、保険に一生入れない?

先日のNHKニュースで、うつ病など心の病気で休業した従業員が「増えた」という企業が、約半数に上ったと報じていました。

  うつ病など心の病気で仕事を休んだ従業員の数がこの5年間で増えたと答えた企業が、半数近くに上ることが大手生命保険会社のアンケート調査で明らかになりました。

この調査は「日本生命」が去年の夏にかけて、従業員が1000人以上の企業を対象にアンケート形式で行い566社から回答を得ました。

それによりますと、心の病気で長期間、仕事を休んだ従業員の数がこの5年間で「増えている」と答えた企業は48.2%と半数近くに上りました。

(NHKニュース 心の病気による休職者 半数近い企業で増加 2016/1/30)

50人の部署なら毎年1人はうつになる

厚生労働省によると、心の病気で通院や入院をしている人は国内で323万人(平成20年)。生涯を通じて5人に1人は、何らかの心の病気にかかるといわれています。なかでもうつ病は多く、12ヶ月間でうつ病にかかる人の割合は2.1%と、50人に1人の割合です。50人程度の部署なら、1年間に1人はうつ病にかかる人がいてもおかしくないわけです。

昨年12月には労働安全衛生法が改正され、従業員50人以上の企業では年1回、全従業員のストレスの状態を検査する「ストレスチェック」が義務化されました。メンタルヘルスへの関心は、企業の現場で年々高まっているなかで、冒頭の調査は、心の病気が働く人にとってもはや他人事ではないことを、改めて裏付ける結果といえます。

うつ病は「心の風邪」ともいわれるように、誰でもかかる可能性があります。それだけに、早目に対処、治療をすれば早期回復も見込めます。しかしながら、一度かかってしまうと、その後の生活に長期間にわたって影響してしまうこともあります。

それが、保険や住宅ローンの問題です。

うつ病になると生命保険に入れない

生命保険に契約するときには、健康状態を保険会社に伝える「告知書」を書く必要があります。健康状態というと、体の病気・けがを想像しがちですが、心の病気も含まれます。うつ病は、一般的な生命保険ではほとんどの場合で告知すべき対象とされています。

一般的な生命保険の告知書では、健康状態を次のように問われます。
(1)最近3ヶ月以内
医師の診察・検査・治療・投薬(薬の処方を含む)を受けたことがありますか?

(2)過去5年以内
・病気やけがで7日以上の入院をした、あるいは手術を受けたことがありますか?
・(所定の病気・けがで)医師の診察・検査・治療・投薬を受けたことがありますか?

(3)過去2年以内
健康診断、人間ドックを受けて、異常を指摘されたことがありますか?

※実際の告知書では、上記以外の質問も含まれます。

もし過去5年以内に、医師にうつ病と診断されたことがあれば、多くは保険に契約できません。契約はできても、保障内容などに条件が付き、契約する人にとって不利な内容になります。

仮にうつ病の診断・治療歴がありながら、それを隠して契約してしまうと「告知義務違反」といって、保険の契約が解除されてしまったり、いざ死亡したときに保険金を受け取れないなどの措置がとられてしまいます。

この原則は、死亡したら保険金が支払われる「死亡保険(いわゆる生命保険)」だけではなく、病気やけがで入院した時のための「医療保険」でも同様です。

自己判断で治療をやめても、治ったことにはならない

注意すべきなのは、うつ病と診断された後に、調子が良くなってきたなどの理由で、自分で通院をやめてしまったケースです。

上記の(2)過去5年以内 の要件については、保険会社や商品により詳細な質問内容が異なります。

ある会社では、「過去5年以内に、医師の診察・検査・治療・投薬を受けてから完治するまでの期間が7日以上になったことがありますか?」という聞き方をしています。

ここでいう「完治」とは、医師により病気やけがが完全に治ったと診断されることをいいます。再検査、経過観察などの指示を受けている場合には、たとえ症状が無くても「完治」とは認められません。もし、うつ病と診断された後に、調子が良くなったからといって、自分の判断で病院に行かないままにしておくと、診断された日から現在までが「治療中」、あるいは「経過観察中」の期間としてカウントされてしまいます。また、5年以内に診察は受けていなくても、薬を処方してもらっていれば「治療中」とみなされます。

このようなケースでは、たとえ自分では「完治したつもり」であっても、それは「つもり」にすぎません。告知書には「うつ病」として告知が必要です。

過去5年より前、たとえば10年前にうつ病と診断されたものの、その後は通院しないままになっている場合には、告知すべきかどうかの判断は難しくなります。 医師によって「完治」と診断されていないため、5年以内も「経過観察中の期間であった」と判断されるかもしれませんし、「5年以内には診察を受けていないから告知は不要」とするところもあるでしょう。ここは、個別のケースに応じて保険会社が判断することになります。

ですが一般的には、「うつ病」という履歴があること自体、保険会社からするとあまり好ましくありません。うつ病は他の様々な病気や、自殺のリスクを高くすることが医学的・統計的に明らかなため、保険会社としてはそのリスク要因のある人を契約させたくない、というのが本音です。

かかったのがかなり昔であっても、一度「うつ病」と診断されたら、「完治」と診断されないままにしておくと、保険に一生契約できないこともありうるわけです。

完治の診断が必要なのはどの病気でも同じ

もちろん、告知において医師の診断がなければ「完治」とみなされない、という要件は、うつ病に限らずほかの病気でも同様です。ただ、内臓の病気のように、専門的な機器や医師の専門性がなければ診断できないケースなら、自分の判断で通院を中断することはほとんどありません。勝手に薬を飲むのをやめてしまったら、再び症状が出てしまうこともあります。薬の処方を減らす、止めるの判断のために、最後まで診察を受けるのが普通です。

対してうつ病は、元気になったから大丈夫、と自分で判断して通院をやめても、それほど大きな問題にならないケースもままあります。薬を処方されている場合なら、急に薬をやめると悪化してしまうことがありますが、症状の軽いうつ病なら、時間とともに自然に元気になることもあります。

しかし、生活上で何の支障もなく元気になったとしても、「完治」の診断を受けていない限り、保険での取り扱い上は「まだ病気は治っていない」と判断されるのです。

なお、気分が落ち込んで、自分で「うつ病かもしれない」と思っている場合でも、医師の診察を受けたことがなければ、理論上は告知は不要です。ただし、告知書によっては、「医師の診察を受けないままに完治し、現在は症状がない場合」という要件が書かれていることもあります。実際に保険に契約するときに何らかの不調があれば、事前に保険会社に確認するのが無難です。

うつ病だと住宅ローンも組めない

うつ病は、住宅の購入にも影響することがあります。住宅ローンには、ローンの契約者が万一亡くなった時に債務を保証する「団体信用生命保険(団信)」がついていることがあり、この契約に告知が必要だからです。

告知の内容は、基本的に一般的な生命保険と同じですが、告知すべき対象が過去3年以内となっているのが特徴です。

告知事項には、おもに以下2点が含まれます。
(1)最近3ヵ月以内に医師の治療(指示・指導を含みます。)・投薬を受けたことがありますか。
(2)過去3年以内に所定の病気で、手術を受けたことまたは2週間以上にわたり医師の治療(指示・指導を含みます。)・投薬を受けたことがありますか。
※ここで、所定の病気にはうつ病が含まれます。

告知の方法は、基本的には一般的な生命保険と同じです。もし3年以内にうつ病で治療を受けたことがあれば告知が必要で、団信には契約できません。団信がセットになっている住宅ローンの場合は、ローン自体の審査も通らない恐れがあります。

もちろん、うつ病であることを隠して告知義務違反をしてしまうと、万一ローンの契約者が死亡しても保険金が支払われず、住宅ローンは完済されません。

うつ病になったら、保険や住宅ローンはどうするか?

いま、うつ病は決して珍しい病気ではありません。にもかかわらず、いざかかってしまうと保険や住宅購入など、人生の重要な側面に支障を及ぼしてしまいます。

私はかつて保険の販売をしていましたが、うつ病の経歴ゆえに保険の見直しをできず困っているお客様に何度も出会いました。ある保険代理店では、うつ病の患者さんから「自分でも入れる保険はないか?」という切実な電話が毎月何件もかかってくるそうです。さまざまな保険会社で契約を断られ、わらをもすがる思いで、入れる保険を求めて電話をしてくるそうです。

ただ、うつ病にかかると一切の保険に入れないわけではありません。「無選択型」、「引受基準緩和型」という保険を選ぶ方法があります。よくCMなどで「持病や健康に不安がある方向けの保険です」と謳われているものです。

無選択型は、告知書を提出しなくても加入できる保険、引受基準緩和型は、告知項目を少なくし、加入条件を通常よりも緩やかにした保険です。持病や病気の経歴があっても契約できるので、うつ病の人でも加入できます。ただし、保険会社にとっては保険金などを支払うリスクが高いため、保険料は一般のものに比べて割高です。また、加入してから1年間などの一定期間は、受け取れる保険金などが半分程度に抑えられます。

ほかの方法としては、一部の保険会社で扱っている「特定疾病不担保」というものを利用する手もあります。これは、特定の病気・けがの場合は保障の対象外とする条件を付けることで、健康な人と同様の保険商品を契約できるものです。たとえば、うつ病により入院したり、その結果死亡した場合には保障の対象外とするものの、うつ病とは関係ない病気・けがが原因であれば保障する、というしくみです。

住宅ローンについては、フラット35など団信が付帯されていないローンを選べば、ローンの審査にうつ病は影響しなくなります。ただ、団信がなければ万一の際にローンの債務が弁済されなくなります。住宅ローンにフラット35を選び、緩和型、無選択型などの生命保険に別途加入すると安心です。

銀行によっては、持病のある人向けの団信を取り扱っているところもあります。「ワイド団信」といって、健康上の加入条件を緩和した団体信用生命保険です。高血圧や糖尿病といった持病のほか、心の病気での通院歴があっても入れる可能性があります。ただし、詳細な判断は個々のケースによります。

なお、うつ病にかかる前に契約していた生命保険や住宅ローンについては、契約後にうつ病になったとしても有効に継続します。上記は、あくまでもうつ病にかかった後に新規で保険や住宅ローンを契約する場合の話です。

だれでもかかるリスクがあるが、気軽な病気ではない

ストレス社会を生きるうえで、うつ病など心の病気のリスクは誰にでもあります。またストレス環境を変えれば、比較的早期に治すことも可能です。しかしながら、「心の風邪」が普通の風邪と違うのは、一度かかってしまうと、保険や住宅の購入では、健康な人とみなされるのに3年や5年以上を要してしまうことです。

一方で、保険の契約や住宅の購入は、結婚や子どもの成長に合わせて随時決定していかねばなりません。こういったライフステージを迎える30代前後は、仕事、収入、支出、家族の状況が短期間で大きく変動しやすい時期ですから、3年や5年も悠長に待つのは困難です。

適切なタイミングで、希望する保険や住宅を購入できない。うつによって失うものは、元気で過ごせる日々だけではなく、長期的なライフプランを自由に選ぶ権利も含まれるのです。

うつ病は、それ自体が本人にとってきわめてつらいものです。心の元気を取り戻すだけでも多分な時間と労力がかかるのに、加えて生活設計にも影響を及ぼすのですから、そのダメージはかなり大きいものです。

ならば、少しでもそのリスクを小さくできるよう、日ごろからうまくストレスとつきあい、心の健康管理に努めたいものです。

※筆者は日本生命保険相互会社との取引や友人・知人などの交友関係も含めて、利害関係は一切ありません。

この記事は、シェアーズカフェオンラインに掲載されたものです。掲載先の許可を得て公開しています。

《参考記事》
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